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こんにちは。
ごきげんいかがですか。
訪れてくれて、とてもうれしいです。
ありがとうございます。

私は長い間、会社員としてデザインやwebディレクション、
時に企画や写真を撮ったり文章を書いてみたり、と新しい経験をもとめて仕事をしてきました。

そんな畑違いの私ですが、道草するように出会った陶芸のモノづくりが
いつしか仕事としての作品作りへシフトしていきました。

日本では、手を伸ばせは、いつでも何でも届き、不要になれば断捨離される日常があります

人の手で生み出したものが、けっこうなスピードで流れ、ごみとされていく

私も必要以上にモノを持っていますし、断捨離をしますのでね、言えた立場ではないのですが、
あるとき、陶器は燃えてなくならないごみとなって、積みあがっていく光景が目に浮かんだのです。
ちょっと切ない違和感が、胸の奥にありました。
便利の裏側で知らないうちに手放している大切な文化や価値があるって、気づきづらいのかもかもしれません。

一方で、捨てずに役目を終えたものが修復されて、年月を重ねた古いものが素敵だねって、アンティークという価値があります。

「何のために作るのか」
「モノの価値ってなんだろう」

私は伝統を伝える立場でもなく、覚束無い技量の自分が作る側にいて、自然資源をわざわざ形にしてお金を頂いて、よいものだろうか。
モノを作る立場にたって、初めて気づいた疑問でした。

頭の中で考え続ける中で、同じ頃、別の日常の場面で感じるようになったこと

窮屈な空気だったり
疲れているけど走りつづけなきゃ、とか
失敗するのが必要以上に怖くかんじたり

この息苦しさはなんなんだろうと、また考え続けて

目線をあげて、世界を見渡したとき、
モノサシは一つじゃなかった、と

環境や立場とか組み合わせが変われば

するりっと価値が変わる

ざらっとしてたり
ちょっとヘンテコだったり
失敗もするし
他と違うことへの劣等感も

それは誰かにとっての愛すべきことだったりするから

なんだかちょっとホッとする
自分も含めて、生活をもう少しゆったり流れるようにしたくて
気持ちをゆるめられるようなことを伝えられたら
優しい未来に近づくんじゃないかしら

いつか届くであろう、あの人への心があってこそ
未来への希望がうまれると思うから
自分の心の状態がよくあることも大切にして

そんなシンプルなモノづくりが
自分にはあっているのではないかしら、と思うようになりました。

役目を終えたあとのプロダクトは、いつかセカンドハンドとして循環するような仕組みに近づけていけたらなと思っています。
わたし自身まだ模索しているさなかで、うまく伝えられている自信はまったくないのですが
自然の資源も、作り手も使い手も、そしてモノ自身も心地よく循環する社会を見つめていけたらと思います。

誰かの生活とつながって、少し楽しみになる

ときめきを一番に

それが、私なりの作る理由です。

小川 綾 Aya Ogawa